ポコあポコ

タイトルは学生時代に読んでいた小道迷子さんの競馬の4コマまんがから頂きました。登場するゆるくて憎めないキャラクターが良いです。

高速道路で運転するストレスについて

www3.nhk.or.jp

パーキングエリアで腹を立てたドライバーが文句をつけた家族の乗る車の進行を妨害した挙句トラックに追突させて夫婦を死亡させた事故は衝撃だったと思う。ここまでドライバーのモラルが崩壊しているのかと心配になる。

 記事では加害者のドライバーを引き合いにだして高速道路を運転中は、スピードを出して移動するため脈拍や血圧が上がるなど、神経が高ぶり、ささいなことで感情的になりやすい傾向にあることに警告を与えている。
 しかし常に高速で運転する環境は自然とストレスが溜まりやすい。ドライバーは高速道路で運転する以上後続車に追従されたり車線変更で自分の車線を遮られてストレスがかかる状況は完全に回避できない。

 でもストレスを受けるドライバー側の立場でそのストレスを低減する工夫はできる。私の経験からするとそれは なるべく運転環境を居心地よくすることだと思う。

 

好きな音楽を聴く

好きな音楽をガンガンにかけまくる。原因はストレスをかけてくる車があるという自己の認識の問題なので好きな音楽をかけてそちらに意識を向けるのです。

 

車間距離を空ける

時速100kmは秒速に換算すると約28m/s。車間距離が30mだと前方の車両がなにか問題を起こしたときに1秒間で判断を下さなければいけない。これは相当なストレスがかかる。車間距離をあけて心の余裕を確保します。

 

走行が安定する車を購入する

なにげにこれは効くと思います。安定した車とは例えば軽自動車よりもセダン。2輪駆動より4輪駆動車。大きい車は重量が重い分安定している。高速で移動する車はかなりの風圧を受けるけど車重が重いと安定するため余裕が生まれる。4輪駆動も同じ。パワーがあるので運転がブレにくいと思う。その結果疲れもたまりにくく快適なドライブができます。

 

 記事にもあるけどストレスかかる運転環境は運転中に煽られたなど被害妄想が拡大する傾向があるように思う。そういった自己の認識を冷静に保つためにも余裕のある運転を心がけると良いと思う。

 

 

 

神戸製鋼の問題

www3.nhk.or.jp

神戸製鋼が強度不足で不合格な鉄鋼などのデータを改ざんして出荷していた。鉄鋼などは車や鉄道、飛行機などに使われるため強度不足は人の命を奪う大事故につながる場合がある。

 記事を読むとこの改ざんは取締役会でも周知らしい。では取締役会の道徳概念をゆがめるほどのストレスを与えるものはなんだろうか。株主、競合、お客様、そんなところか。ちなみお客様は今回被害を被っている。結果として自分達にとって大切なものを裏切ってまで取締役会で押し切らなければいけないものとはなんだったのだろう。

 不正が始まったのは10年ほど前らしい。その時日本はバブルがはじけて10年以上。国全体の成長が滞ってどこの会社も業績が伸びず苦しい時期だった。不況で物が売れないため定番の効率化、コストダウン、業務改善をやりつくしそれでも景気回復が見えない世の中。トンネルの出口が見えずみんな疲れを覚える。そんな時ちょっとしたほころびが生じたのかもしれない。

 強度について言えば一般的に鋼材が利用される環境ギリギリ耐えるようなものは出荷しないと言っていい。業界によってまちまちだけど安全率といって実際の利用環境で発生しうる過酷さの3倍以上の余裕のあるものを出荷する。例えばそこに2.9倍の強度しか担保しない鋼材が出来たらどうなるだろう。おそらくそれで出荷しても現実的に問題ないだろう。しかしそのために製品を最初から作り直したら大きな赤字になる。だからちょっとだけ問題があるけど見逃してね、となる。10年前の発端はそんなところから始まったのかもしれない。不況の中、株主や競合を恐れる取締役会が大赤字を発生させる決断をすることはないだろう。その風潮は現場から徐々に神戸製鋼を蝕んでいったのじゃなかろうか。

 不正を抑制するには会社として理念や文化を従業員に徹底させ道徳心を支える方法がある。けれど個々人でも自分にとってなにが善であるか意識することも大切だと思う。私が作った製品を誰が使うのか。それが利用される状況を具体的にイメージすることだと思う。例えば車に使う鋼材の強度に不足があったら交通事故で人が亡くなるかもしれない。そうイメージすればそう簡単にいい加減な製品は出荷できなくなると思う。

日本性の高速鉄道の車両がイギリスで運転開始

www3.nhk.or.jp

日立製作所の新幹線の技術が導入された高速鉄道がイギリスで営業運転を開始したらしい。記事にある車両の色は緑。車もそうだけどイギリスの乗り物は緑が似合う気がする。

 車といえば日本は当初車の技術を海外から輸入して国内で徹底的に改良やコスト削減を重ねることで輸出しても高品質、低価格の競争力の高い製品に育て上げてきた。
 記事によると高速鉄道のヨーロッパで圧倒的なシェアを占めるのは、ビッグ3と呼ばれるドイツのシーメンス、フランスのアルストム、それにカナダのボンバルディアらしい。米国の自動車製造会社もビッグ3と呼ばれるゼネラルモータース、フォード、クライスラーとあるがトヨタやホンダ、スバルなど十分に戦えている。高速鉄道も車のように世界を席巻できるのか。楽しみです。

 

憲法改正の議論について

www3.nhk.or.jp

各党いろいろ意見がでているけど論点が憲法改正固執しすぎじゃないだろうか。

 改憲の問題の本質は海外において軍事行動の制限が解除された場合、自衛隊が暴走して第二次世界大戦のような悲劇が再現されないようにすることだと思う。
 私の認識だと第二次世界大戦に突入したのは今でいうポピュリズムが起因している。1900年前後から発生した4度の戦争において三国干渉など日本の不甲斐なさを目の当たりにした国民の不満が過激な思想を誘発。その結果暴走した軍部の発言力が次第に強くなり今考えるとあきらかに無理な戦争を初めてしまった。
 確かに現状の憲法はそういった軍部の暴走を止める抑止力として効果を発揮しているのかもしれない。けれどそれでいいのだろうか。他の国が軍隊を出してテロリストを鎮圧するのに日本だけかたくなに後方支援に徹する。それは原発を都内に置きたくないから福島に置きますというのと同じ理論だと思う。
 今まで日本は米国の保護のもと自分の国ばかり見てきた。だから自身を守る自衛隊という概念がしっくりくる。しかし経済や人の移動が自由になりに国家間の境界があいまいになってきた今いかに他の国と連携しながらお互いに発展していくかがより大切になってきていると思う。
 そのためには過去の歴史を振り返ること。事実から自分で考えて正しい判断をできるようになること。そういった地道な努力が誤ったポピュリズムの誘発を抑える。憲法9条改正よりもそういった教育、思想を根付かせることのほうが今の日本には大切に思える。

 

かのや 新宿西口店

 最近意外な場所に美術館を発見することが続いている。今回見つけたのはカレーで有名な新宿中村屋が運営している美術館。

www.nakamuraya.co.jp

ちょうど開催中の展覧会「描かれた女たち」にいってきた。場所は中村屋と同じビルの3F。入館料は300円で展示室は2部屋とこじんまりした感じ。時間が余ったときにちょっと寄ってみるといいかもしれない。私はそれなりに楽しめました。 

 そのついでに新宿西口にある立ち喰いそば屋「かのや」に行ってきた。場所は繁華街にあるヨドバシカメラの近く。食べログでもそれなりに評判が良いけど店舗は一般的な立ち喰いそば屋に比べて綺麗。私の中で汚い中華料理屋は上手いというセオリーが立ち喰いそばにも当てはまるのだけど、意外なことに「かのや」は汚くない。ちょっと心配になる。

f:id:halfday:20171014194442p:plain

中に入って券売機でかき揚げそば(380円)の食券を買う。店内も清潔だ。カウンターに向かうところで店員のお兄さんから食券を下さいと丁寧にあいさつされる。店員さんも親切だ。かさねがさね思うけど立ち食いそば屋らしくない。いつもなら無愛想なおっさんがカウンターに置かれた食券をジロリと見ておもむろに注文した品を作り出す。調子がくるう。

 

f:id:halfday:20171014194511p:plain

かき揚げそばがやってきた。
お汁の色は普通。そばの太さも普通。具はかき揚げとネギ。
 最初にお汁を一口。うん、カツオが効いている。思ったより甘くなくて若干えぐみがある。まあそんなに気になるほどじゃない。次にそばをたぐる。それなりに風味とコシがある。おいしい。ここ最近食べたそばの中ではピカイチ。久しぶりに美味しいそばを口にした。お汁とそばもそれなりになじんでいる。この点も見逃せない。
 かき揚げは上から撮った写真じゃ判らないけど非常に立体的。厚みは2~3cmくらいか。ころもは柔らかくて薄くて具が前面にでるタイプ。具は玉ねぎ、みつば(?)、それに若干のイカゲソとオキアミかな。この組み合わせのかき揚げは珍しい。最初はいつもどおり玉ねぎオンリーだと思っていたところ隠し味的に投入されたイカゲソの食感やオキアミの風味が私を直撃する。かき揚げを見た目でなめていた。私はいつもの手順でかき揚げを機械的に評価するルーチンワークに入っていたがその虚を完全に突かれた感じ。つまりかき揚げもいい出来でした。
 いつもどおり無事完食。ごちそうさまでした。
 

出版社がヤバすぎる

www3.nhk.or.jp

 とある出版社の社長が図書館に文庫本を貸し出さないで欲しいと訴えたそうな。彼は無料で文庫本を貸し出す図書館を悪と考えているわけだ。もしくは懇願なのかもしれない。
 確かに文庫本の貸出をやめれば出版社の言う通り売り上げは確実に上がる。従来の文庫本を買う人に加え図書館で借りれなくて買おうとする人が流れてくるから。しかし果たして文庫本の貸出中止が本質的な解決になるのだろうか。彼の発言はどうも短絡的すぎるように思う。
 カズオイシグロのようにノーベル賞作家の本は売り切れになるから文庫本の貸出を中止すれば瞬間的に売り上げが伸びるかもしれない。でもそれはかなり限定された場合じゃないだろうか。私が思うに利用者が文庫本に求めるのはエンターテインメント。だから出版社の競合は図書館ではく(例えばSNSやスマフォのゲームなど)他のエンターテインメント産業だと思う。だから図書館の機能を停止しても利用者は他のエンターテインメントに流れるだけで根本的な解決にならない。
 それにお小遣いが少ない学生にとって図書館が果たす役割は大切だと思う。私も小学生の時大変お世話になったけれどその時代に培われた読書の習慣や思想に与えた影響は計り知れないものがある。それなのに今まで営業努力を努力を怠ってきた出版社の我儘が学生の小遣いを巻き上げる。そんなやり方が許されるのだろうか。
 もう少し本を借りる人について考察しようと思う。例えば、ある本の図書館の予約が200人待ちだとしてそこに予約を入れる人はどんな人だろうか。201番目まで待てるなら、

  • とりあえず読みたいけど買ってまで読もうと思わない
  • 本当に読みたいけどお金がない

のどちらかじゃないだろうか。200人待ちを知って諦めて買う人なら今までだって購入しているように思う。つまり、文庫本の貸出中止は決定的なソリューションじゃない。先ほども述べたけど今回の要望は出版社の短期的な経営目標の達成を追い求めた結果じゃないだろうか。出版社の浅はかな都合だとしたら社会的なインフラとして確立している重要な図書館の役割を止めてしまうのはやめてほしい。
 例えばソリューションとして文庫本を電子書籍にして図書館に提供して広告料をとるのはどうだろうか?今の時代スマフォやタブレット、パソコンのいづれかは殆どの人が所有しているからインフラは整っている。利用者もわざわざ本を借りるために図書館まで出かける必要がないためメリットがある。
 どうも出版社というのはレガシーな業界という気がする。今までのやり方をかたくなに変えようとせず自己本位。自分たちの考え方を消費者に押し付けることが当たり前と考えているふしがある。困窮した今こそそれを変えるチャンスじゃなかろうか。

生産性を考えてお金を使う

 仕事で生産性を意識するようになって少しずつ変わってきた気がする。例えば完璧な仕事を100%とすれば80%はすぐに到達するけどあとの20%を達成するのは倍以上の時間がかかる。80%の成果をだすのに1時間としたら100%で2時間かかる。
 生産性=成果物/リソース だから前者は80%を1時間で生産するのに対し後者だと同じ80%分を仕上げるのに1.6時間使う計算になる。だから生産性に着目すれば80%の出来を目指すようになる。実際80%の出来でも人はそれほど気にしない。むしろ早く仕上がったと思って喜んでくれる場合さえある。
 不思議なことに成果物が大雑把で良いと考えれば仕事が捗る。今まではいきなり100%を目指そうとして調査時間や検討に時間をかけすぎて着手が遅れる。さらに完璧にしなければいけないと心理的な負担が仕事に着手することを阻害していた。
 ところが大雑把でいいと自己了解すると不安を払拭しあっさり仕事に手を付けることができる。不思議。
 生産性を意識することの他のメリットとしてブロガーちきりんは、

生産性を意識すると、人生の希少資源である時間やお金を、自分が本当に手に入れたいモノだけのために使えるようになります。みんなが当たり前のように持っているものでも、世間的にスゴイ、スバラシイと言われるものでも、自分にとってそこまで大事じゃなければ、貴重な時間やお金を投入するのを止められるようになるのです。

自分の時間を取りもどそう [著]ちきりん

これも今日実感することができた。
 一つ目はいつもは余分に20分かけて遠くのディスカウントスーパーまでワインを買いにいってた。近くの酒屋だと同じものが200円たかい。でも私の残業代が時給1200円とすると20分で400円かせげる。つまり、20分かけて遠い店までワインを買うより20分残業するほうが400円ー200円儲けが多い。あるいは200円で20分捻出できると考えても良いかもしれない。
 二つ目は人から頼まれた仕事を80%で仕上げて余剰の時間を自分が申し込んだ教育講座の自習に時間を当てることができた。私にとって教育のほうが大切なため生産性を意識した結果大切なものにうまく余剰時間を当てることができた。
 生産性を意識すると自分のためにお金を使えるようになる。自分のために時間を使えるようになる。そう実感しました。