好きなことを仕事にできればいいのか
先日、米澤穂信のミステリを読んでいたら以下の下りが目に留まった。主人公はフリーのライターで知り合いの編集者から都市伝説についてネタが決まっている記事四本と自由なネタで書いていい記事一本の執筆を依頼される。
これこれこういう都市伝説について書いてくれと言われれば、その仕上がりと速さはプロのものだと自負している。しかし、好きに四ページ書いてくれと言われると、手がぴたりと止まってしまう。いつものことだった。
満願 米澤穂信
主人公は小器用でお題が決まった記事はすぐに書き終えるが指定のない記事は手が出ずに先輩のライターに泣きつく。これが今の私の仕事の壁と驚くほど酷似している。私もやることが決まっていれば器用にこなせると思うのだけど好きにやっていいよと言われると手が止まる。
好きなことを仕事にできればいい。好きなことを仕事にすれば成功できる。以前はそう考えていた。確かに好きなことに囲まれていれば幸せだしモチベーションも維持できるだろう。でも好きなことを仕事にすることと好きな仕事で成功するの間には大きな隔たりがある。それはクリエイティブになれるか?ということだと思う。そしてその作業はとても泥臭い。
一般的な情報やささいな事実の発見から真実をこじ開ける。自分を当事者の立場に置き事実や経験から仮説を積み上げて物語をつくっていく。もしかしたらその物語は嘘っぱちかもしれないし、ぼろぼろ崩れるし、方向性を間違えて最初からやり直したりするかもしれない。それでも仮説を何回もいくつも積み上げていく。それでも積み上げた仮説に説得力があり真実味が増すとそこにリアリティが生まれる。そうやって自分の物語を洗練し一般化するとみんなに認められるようになってくる。とても辛くて苦しい作業だけどそれがクリエイティブということじゃなかろうか。