ポコあポコ

タイトルは学生時代に読んでいた小道迷子さんの競馬の4コマまんがから頂きました。登場するゆるくて憎めないキャラクターが良いです。

図書館の本の書込みについて

 よく図書館で本を借りて読むのだけれどたまに書き込みがある。見つけると萎えるのでやめてほしい。個人の寄贈本なら判るけどみんなの税金で購入してシェアする本なのに書き込みを入れても平気な人の考え方がわからない。

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考えるヒント2 小林秀雄 

本を読んでいると新しい発見がある。自分の中で言葉にできないもやもやした思いを言い現わしてくれた表現に出会ったときはこれだ!これが言いたかったんだと思う。それを覚えていてずっと自分の大切な言葉として取っておきたい、忘れたくないと思う。だから書き込みをしたくなるのだろうか。だけど私は書き込みに反対する。何故なら、

  • 後から本を読む人の気持ちが書き込み部分に引っ張られる
    特に思想関係の本は著者と読者の1対1の勝負だと思う。書き込みを入れた部分は本当に著者が最も言いたいこととは限らない。前述のように単に書き見込みした人が気に入っているだけかもしれない。でも後から読む人はどうしてもそこに目がいってしまう。要は書き込みが著者の思想を純粋に理解しようとするする取組みを邪魔する。

  • そもそも私物化しちゃだめだよねという私のルール
    図書館の本は公共のものなのだから汚してはいけない。私物化してはいけない。後から使う人のことを考えて綺麗に扱うべきだとう私の思い。

  • 気持ち悪い
    本は物質的に無機質なものなんだけど書き込みが発生した時点で他人の嗜好が私の中に入り込んでくる。本は書いた著者の思想を表出したものなので当然書込みがなくとも著者の思想が私の中に入り込んでくるというのはあるがそれとは違う。例えばその著者の思想が気に入らなければ読むのをやめればいい。しかし気に入って読み進めた場合に他人の書き込みがあると上手く言えないがとても生々しいのだ。書き込みした人の書き込み箇所やいい加減な線の引き方からその人の生活臭や価値観が流れ込んでくる。そして文章を読む以上それは目に入ってくるため避けようがない。それに伴い書き込みに我慢しながら読まなければいけないという精神的な暴力や圧力といったものの気持ち悪さを感じる。

このように感じるのは私だけだろうか?