ポコあポコ

タイトルは学生時代に読んでいた小道迷子さんの競馬の4コマまんがから頂きました。登場するゆるくて憎めないキャラクターが良いです。

予告された殺人の記録 G・ガルシア=アルケス

 作家の市川拓司が紹介していた「百年の孤独」という本に興味があるけど図書館で貸し出し中だったため同じ著者の本を読んでみた。なんと表現していいか判らないけどとてもリアリティがある物語でした。


 嫁入り前の妹を汚された兄弟によってサンティアゴという男が殺されるのだけど、数十年ぶりに町に戻った「私」が関係者に事件の裏付けを取って当時を振り返りながら物語が進んでいく。
 サンティアゴが殺されると知って登場人物達が自分の立場から、良心、妬み、嫉妬、友情などから自分の思惑で判断・行動するのだけど結果としてサンティアゴは殺されてしまう。

 例えば、ナサール一家の使用人ビクトリアは、

一方、ビクトリア・グスマンは、サンティアゴ・ナサールを殺そうと待ち受けている者がいることを、自分も娘も知らなかった、と断言した。しかし、彼女は年を取るとともに、彼がコーヒーを飲みに台所に入ってきたときには、二人ともそれを知っていることを認めるようになった。 *1

一家に不幸にされたという思いから抜け出せないビクトリアはサンティアゴが狙われているという情報を一家に教えず隠してしまう。
 また、サンティアゴを殺害した張本人のビカリオ兄弟においては

しかし、どうやらビカリオ兄弟は、人に見られず即座に殺すのに都合のいいことは、何ひとつせず、むしろ誰かに犯行を阻んでもらうための努力を、思いつく限り試みたといのが真相らしい。だがその努力は実らなかった。*2

 本当なら殺す気なかったけど、自分達の妹を辱しめたということに対する世間的な対面を保つため(本当はそのつもりはなかったけど)彼を殺すアピールしなければならなかった。だけど偶然が積み重なりサンティアゴを殺してしまう。 


 サンティアゴを殺させないように行動する登場人物もいれば、自分の都合を優先するあまり適当な対応で済まして登場人物もいる。貞操観念の強い文化と複雑な人間関係の構造が偶発的殺人を招く。そのプロセスが生々しくて、もどかしてくて読んでいて冷や汗がでてくる。
 一般的に私たちが済む社会は(少なくとも日本では)一見道徳の上に成り立っているように見えるが実はそうではないと思う。社会を動かすのは個人の価値基準が原動力になっている。その個々人の価値基準の構造がたまたま悪い方向に積み重なって悲劇が起こる場合がある。世間で取り上げられる犯罪とはそういったものがあるのかもしれない。

 

*1:予告された殺人の記録 G・ガルシア=アルケス

*2:予告された殺人の記録 G・ガルシア=アルケス