ポコあポコ

タイトルは学生時代に読んでいた小道迷子さんの競馬の4コマまんがから頂きました。登場するゆるくて憎めないキャラクターが良いです。

小林秀雄 考えるヒント

 ITシステムの企画書を作ることがあるけど、論理的な筋を構築したり鋭い洞察を交えながら読む人の興味を引き出し自分の思いを主張する。そんな企画書ができれば楽しいと思う。

 

 考えるヒントは近代日本の文芸評論家、小林秀雄のエッセイ。出版社の編集者が出すお題をもとに小林秀雄が持論を展開していく。

小林秀雄 (批評家) - Wikipedia

 

 例えば、お題「良心」において「朝日ジャーナル」の記事で裁判で嘘発見器が有罪判決の証拠の一部として採用したことを皮切りに持論を展開する。

 嘘発見器の構造が、どういうものにせよ、心の動揺に伴う生理的な動きだけが頼みの綱だ、という事でなければ、凡そ機械というものが出来上がる筈はない。従って、この装置が指示するものは、仮定された心的エネルギーの運動の量の変化であって、嘘か真かという心理的質の相違ではあり得ない。*1

嘘発見器について、①(小林秀雄は知らないはずだけど仮説から)構造を判断し、②誰でも判るようにその構造を簡易的な表現で説明したうえで、③(運動量の観測値の変化が必ずしも嘘をついているという事実に一致しないという)問題を指摘する。文章が簡潔で洞察が鋭い。さすが評論家だと思う。

 

 続けて、嘘発見器が使われるようになったのは誤った合理化という風潮のせいである、と言う。

この事は、道徳の問題の上にもはっきり現れている。みんな考える手間を省きたがるから、道徳の命が脱落して了う。そんな風に見える。良心というような、個人的なもの、主観的なもの、曖昧なもの、敢えて言えば何やら全く得体の知れぬもの、そんなものにかかずらっていて、どうして道徳問題で効率があげられよう。 *2

嘘発見器は合理化の名目のもと個人の考える手間を省き効率よく道徳問題を処理しようする全体的な意志が働いた結果その正当性を得た、という。ここで自然に視点が一段上がるのがすごい。

 

 そして、効率よく道徳問題を解決するため社会のルールや法律、イデオロギー(思想)が道徳の客観的原理として台頭してくる経緯を述べるが、

ドストエフスキイは、「悪霊」という小説のなかで、ネチャアエフという青年革命家をモデルとして、なぜ、あのような卑劣な残酷な行為(政治的なリンチによる学生の惨殺:説明のためhalfdayが追加)が出来たか、という問題を、様々に異なった形で、提出してきたが、これからいよいよ頻繁に烈しい形で提出するようになると思われる。*3

思想活動に伴う卑劣な残虐行為の課題を指摘する。

 

 小林秀雄は思想と残虐な行為は分けて考えなければいけないという。残虐な行為は思想と違って感情から発生するものである。そして、その感情を反省できるのは同じ感情から発する良心だけであるという。

 

 嘘発見器の話から課題を抽象化してイデオロギーの暴走を抑制する(お題でもある)良心に結びつける。説明の構造が美しいです。納得感がありとても良いと感じる。

 

(総評)鋭い洞察や話の発展のさせ方が上手い。また、平家物語から、トルストイプラトンと文学、哲学など多数の文献の引用がたくさん出てくる。内容を推測できるから読解できないことはないけど、知っている人がよめばあるある的に読めてもっと楽しいと思う。

 

 

 

*1:小林秀雄 考えるヒント 告白

*2:小林秀雄 考えるヒント 告白

*3:小林秀雄 考えるヒント 告白