ポコあポコ

タイトルは学生時代に読んでいた小道迷子さんの競馬の4コマまんがから頂きました。登場するゆるくて憎めないキャラクターが良いです。

越谷オサム 空色メモリ

 好きな人を前にするとどうしていいかわからなくなる。思いもかけないことを口走ったり、自意識過剰になったり、相手の興味を引こうとする。端から見ると明らかに空気が読めない人になってしまう。そしてそんな昔の自分をなにかのひょうしで思い出すととても恥ずかしくなってくる。つい口をつく後悔とも弁解ともつかない独り言が恥ずかしさにますます拍車をかける。

 

 高校2年生で部員でないけど文芸部の部室にいそうろうする桶井陸(おけいりく)こと「陸」と唯一の文芸部員 河本博士(こうもとひろし)こと「ハカセ」。陸はデブでハカセは背が低くて見た目がいかにも博士。そんなモテない2人がたむろする部室に新入生の野村さんがやってきたときから話が動き出す。野村さんを好きになってしまったハカセの迷走ぷりがほほえましく切ない。

 

 文芸部の活動を開始したハカセはなんとか野村さんと会話するきっかけをつかもうとするけど、

「野村さんのペースだったら、五冊くらい積んでても受験終わってから入学するまでの間に軽く消化できちゃいそうだけどね。案外読むの遅いね。*1

誉めて会話を繋げたいのに、舞い上がって上からな発言をしてしまう。冷や汗をかきながら慣れない女の子との会話をなんとかつなげようとするハカセの空回りする会話が切ない。

 

 陸は友人の迷走ぷりが見ていれなくていろいろ助言するけど、ふとハカセに野村さんのどこがいいのか聞く。

ちょっと踏み込んだことを聞きたくなったのだが、ここは人が多すぎる。おれはケータイを手に取り、ポテトを食いつつ目の前の男にメールを送信した。

<そもそも、彼女のどこにホレたの>

ハカセは少し考え、それから返信してきた。

<どこってことじゃなく、目を離すとどこかに行っちゃいそうで、ほっとけない>*2

端から聞くと赤面しそうな回答が臆面もなく返ってくる。純粋に好きになった娘のことを考えているなハカセの気持ちが伝わってくる。

 

 ファーストフード店でバスケ部の男子と楽しそうに食事する野村さんを見て衝撃を受けたハカセは、

こっちに向き直り、ハカセが呟いた。

「短い春だった」

「待て。結論を急ぐな。たぶん同じクラスかなんかんんだよ。たまたま店の前で会って、『じゃあメシでも』って話になっただけかも。ただの顔見知り程度だよ。」

(中略)

「負けた。いや、戦う前から負けていたんだ」 *3

 リアクションがいちいち文学めいてて笑ってしまう。ハカセの絶望と動揺が伝わってくる。そんなハカセが切ない。

 

ハカセの妄想や勘違いが回りの人を巻き込んでいくけど嫌な感じじゃない。もし私も同級生だったら身もだえしながら応援していると思う。

 

(総評)同著者の「日だまりの彼女」のような端から見て身もだえしてしまようなキャラクターの描写が好きなら読んでもいいかもしれない。

*1:越谷オサム 空色メモリ

*2:越谷オサム 空色メモリ

*3:越谷オサム 空色メモリ